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歴史と受け継がれる伝統

何を、どんな方法で、どこで行うのか。それはバーボンづくりにおいて、どれも欠かすことのできない重要な要素だ。

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マスターディスティラー:蒸留責任者

JIMMY RUSSELL
ジミー・ラッセル

時に彼は「バーボンの仏陀(ブッダ)」とも称される。彼自身は自分のことを「ケンタッキー出身のありきたりな男」と言うが、誰もが彼を在職歴世界最長の現役マスターディスティラーの一人であることを称えている。

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EDDIE RUSSELL
エディー・ラッセル

大胆なビジョンなくして重責は果たせない。マスターディスティラー、ジミーを父に持つエディーは、父と同様にキャリアを重ね、2015年にマスターディスティラーとなった。

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OUR HISTORY

豊かな歴史だけが、力強い未来を切り拓くことができる。ワイルドターキーの歴史を紐解く。

1855-1940

ワイルドターキーの誕生

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1855

オースティン・ニコルズ社が食料品卸売業社としてワインと蒸溜酒の販売をはじめる。同社はのちに、ワイルドターキーのオーナーとなる。

1869

リッピー兄弟がケンタッキー州ローレンスバーグのワイルドターキーヒルで、家族経営の蒸溜所を開設する。

1893

リッピー兄弟のバーボンが、イリノイ州シカゴで開催されたワールドフェアでケンタッキー州代表になる。

1940

毎年恒例のハンティングで蒸溜所オーナーが友人たちに振る舞ったバーボンをきっかけに、ワイルドターキーという名が生まれた。もちろん狩りのターゲットは七面鳥だった。

1954-1995

ラッセルの時代

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1954

ジミー・ラッセルがワイルドターキーに加わる。ジミーは3代目マスターディスティラーとして、初代ディスティラーの息子であるアーネスト・ W. リッピーと2代目マスターディスティラーであるビル・ヒューズから、直々にバーボンづくりの技術を学んだ。

1976

より多くの人々にバーボンの世界を知ってもらうため、ワイルドターキーは世界初のバーボン・リキュールを発表。 それがのちに、ワイルドターキー・アメリカンハニー製造への足掛かりとなった。

1981

ジミーの息子、エディー・ラッセルが交代要員としてワイルドターキーに加わり、そこからマスターディスティラーへの階段を上りはじめる。

1991

ワイルドターキーが商品化した初めてのバレル・プルーフ(樽出し無加水)バーボンのひとつ、レアブリードを発表する。

1995

単一樽の原酒からつくるアルコール50.5%(101プルーフ)のシングルバレル バーボン、ケンタッキースピリットを発表する。

2000 – TODAY

新たなビジョン

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2000

マスターディスティラー、ジミー・ラッセルが、ケンタッキー・バーボンの殿堂入りを果たす。

2004

ジミー・ラッセルが、ワイルドターキー蒸溜所勤続50周年を迎える。

2010

父ジミーに続き、エディー・ラッセルもケンタッキー・バーボンの殿堂入りを果たす。

2015

エディー・ラッセルがマスターディスティラーの称号を与えられる。ここに世界で唯一の現役バーボン・マスターディスティラーの親子が誕生した。

2016

著名な俳優でありバーボン愛好家であるマシュー・マコノヒーが、クリエイティブディレクターとしてワイルドターキーのチームメンバーとなる。

アメリカの象徴をつくるということ

蒸留の伝統から樽熟成の技術に至るまで、ワイルドターキーの製造は決して簡単ではない。しかし、ほかの方法ではワイルドターキーを作ることはできない。
アメリカの象徴であるワイルドターキーをつくるために必要なことを紹介しよう。

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